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ロンドン!ベイシティーローラーズ
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    『ちくしょう、なんて奴なんだ。俺みたいな弱気な人間にいちいち本気になりやがって…』

    どこかに、仏のようにおおらかで清く広い心を持つ人間はいないものかね。帰ったら世界偉人大辞典で調べてみよう。俺ならおおらかランキングは何位なんだろう。   
    なんて事を頭の中でぐるぐると考えて、満足気にひとり浸っているにもかかわらず、右斜前に座っている男、・・・名前はなんだったっけかな。まあいいか、彼の腕の剛毛を見る限り、全身毛むくじゃらなのは否めない、五十過ぎの男がツバキを飛ばしながら必死に捲し立てている。
    『いいか、よーく憶えておけ、彼等は私が自ら百戦錬磨の人間を集めた、世界キャビアン協会だ・・・』
     全く話が読めない。なに協会だって?だからなんなんだよ。きっと勝手に世界って言ってるんだろうな。この五十肩に『世界』っていう言葉を最初に教えたのは誰なんだよ。無闇に言葉を教えるなってんだ、責任を取りやがれ。
     そもそも、この話し合いのようなものが始まってから俺はまだ1度も発言をしていない。何にも話す事はないし、話の内容が全く掴めないのだ。なによりも、なぜ毎日のようにここにいるのかがわからない。それに加えて年寄りの口臭・胃酸・体臭・歯槽膿漏、おまけにたばこの煙が俺の中から外からと痛めつけてくる。この世界キャビアック協会?の年寄りパワーに翻弄されっ放しである。
     そうだ、トムに電話をしてみよう。もう十年以上は着ているこのグレーのロングコートから携帯電話を取り出してタバコの煙が充満している部屋を出た。少し解放された気分になってタバコの火をつけた。やっぱり自分で吸うタバコは最高だ。同時に、相変わらず人の煙にはうんざりしている。煙と一緒にため息をひとつ吐いてからトムの携帯にかけるがすぐに留守電につながってしまった。


             ★   ★   ★
     その頃トムは、ベイカーストリート沿いにあるコーヒーショップにいた。マスターに勧められた豆をその場で挽いてもらい飲もうとしている。マスターはトムが店に来る事を嫌がっている。その理由は、トムは二日に一回は店に足を運んではマスターにコーヒーをいれてもらい、一口啜ると「俺は紅茶が大好きなんだよな。コーヒーなんて邪道な飲み物だ。」なんて言う始末。マスターだって黙ってはいられない性格らしく、前髪の毛根が飛び出してしまうくらい頭に血を上げながらコーヒーについて熱弁しているのだ。知らない人ならなんでコーヒーショップで紅茶とコーヒーの意見をぶつけ合っているのかまるっきりわからない。他人はおろか当の二人でさえもわかっていないのだ。しかし、この店に来る客は良く見る光景であり、いまやちょっとした名物となって二人の周りには人だかりができるほどなのだ。そしてその人だかりを見る野次馬や意味もわからずに写真を撮っている観光客が道路にはみ出している。道にはみ出した人で渋滞を招いている事はトムとマスターは知る由もない。

             ★   ★   ★ 
     留守電にはメッセージを告げずに切った。タバコを吸い終わると何事もなかったように、わざと嫌そうな顔をして部屋に戻って行った。
     だいたい、机の上に両足を放り出しているような奴に常識とかモラルを口にして欲しくないね、まったく。こっちは膝と膝はピッタっとくっつけて、一滴の水もこぼれないくらいだ。おいおい、そこのおでぶちゃん、なんで葉巻きなんか吸ってるのよぉ、さっきまでタバコすら吸ってなかったじゃないのよ。部屋の空気が完全に汚れきっちまった。黄色く濁った空気を吸ってる俺の身になれよ。こいつ、顔に油がギットリと包まれてやがるな。俺の勘は相当するどいんだ、おデブちゃんの実家は肉屋に違いないな。昔っから肉屋の息子はデブって決まってんだよ。でもって、娘が肥えちゃった場合は両親までもがおデブちゃんよ。肉ばっかり食ってんだろ、ちきしょー、俺なんか半年以上食ってねーぞ。しかもそんとき食べたのはケバブの端切れだったんだぜ。なんて事を思っている傍らでプカプカ吸ってやがる。ぶっとい指に挟んで吸ってるけど、どれが指で、タバコなのかわからない。こんな奴に俺の『愛肺』が犯されてなるものか。お前のドナーだけは受け入れないぞ。

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    スペイン人のガブリエルは自然をこよなく愛する男だ。山登りが趣味らしい。この間もオーストラリアにあるタリー川にラフティングをしに行ったなんて自慢をしている。俺には全く興味のない話を楽しそうに話している。こっちの気持ちも気が付かずに全くのんきなものだぜ。ガブリエルの場合、話ができるのであれば相手は誰でも良いし、例え話し相手がセックスの真っ最中であっても平気でしゃべり続けているはずだ。
    「タリー川の激流は素晴らしいよ。圧倒的なスケールと大自然を身体で感じる事ができて俺は本当に幸せ者だよ」なんて事をぬけぬけと言ってのける。しかも、一回しか行った事の無い話をさも何度も行ったかのように話す。そんなのを10分に一回のペースであの緩みきった口元から発っせられたらさすがの俺も気が狂っちまう。しかも気持ちの悪いジェスチャー付きだ。我慢をしてニコラス・ケイジの猿芝居を観ていたほうが何倍もましかわかりゃしない。「ニコラス・ケイジのほうがまし」なんてこの俺に言わせるなよ。恥を知れ恥を。そもそも、スペイン人にくせしてパエリヤが嫌いって事自体が奴の胡散臭さを物語ってるんだよ。

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     昼休憩は45分しかない。それも12時から12時45分までという一番ランチの込み合う時間帯である。12時ジャストにタバコの煙で汚れきった部屋を飛び出してもいつも思い通りにはいかない。無論、店はどこも満席状態だが、並ぶのが嫌いなロンドン子だけあって、店内は満席だが並んでいる人間はほとんどいない。今日もピッツァが食べたいと思っていても『レストラン・トスカーナ』はお客でいっぱいになっている。いや、観光客でいっぱいだ。俺の目の前に立っている従業員なんか一応申し訳なさそうな顔はしているが心の中では「こんな忙しい時に相手にしてる場合じゃないんだ、見りゃわかるだろ」とでも言いたげな目をしている。冗談じゃねよ、四人掛けのテーブルにひとりしか座ってなくて、残りの席には見るからに高そうなコートとハロッズと書いてある紙袋が五つか六つ置いてある。俺はあのマダムの土産以下か、一体そのでかい紙袋の紙のサイズはA何なんだよ?と、うだつの上がらない従業員に怒りをぶちまけようと思ったが、一度心で思ったらもう一度言葉に出して言うのが面倒になったのでやめた。いや、やめてやったんだ、替わりにこの世のものとは思えないくらいの俺の渾身の一瞥をくれてやって店を後にした。なんてったって俺の自由な時間は45分しかないのだから。もう16分も経っているなんて。あのくそ野郎は絶対に許してはなるものか。俺は毎日毎日あの店に云って、毎回毎回あのくそ野郎に断られてる。自慢じゃ無いが、一度も店内に入った事がない。あのくそ野郎は俺を断る事を目下の目標にしているに違いない。なんの権力があって俺を店に入れないのかが謎だ。
     ブツブツと怒りを口にしながら向かった先は“いつも”の大手コーヒーショップに足を踏み入れる。ここでもたくさん人がいるが、仕方が無いので列の一番後ろに並びうつむき加減でじっと待っている。前にいる黒いダウンを着込んだ中年のハゲが小銭を出すのに手こずっているうちに俺はタイミングよく隣の列に割り込んだ。「今日はツイてる」と思ったのも束の間、俺の大好きなチョコチップ入りのスコーンが売り切れてやがる。並んでる時からレジの横のショーケースに入っていなかったからまさかとは思っていたけども、こんなのってありかよ。アルバイトの21、2歳くらいで金髪のショートカットが良く似合う女性は
    「チョコチップがよろしかったらマフィンの方なら御用意できますけども、いががなさいますか」
    ときたもんだ。屁みたいな事をぬかしやがって、バカだろ。マフィンなんて軟弱極まりない物を硬派で売ってる俺が喰えるわけがねぇだろ。俺は初めてスコーンを口にした幼少時代からすでに魂売ってんだよ。マフィンのような軟弱で中途半端なのは赤ちゃんの離乳食にもならねーよ。食器洗う時にでも洗剤付けて使いやがれってんだ。
     大抵の人間ならばこれだけレジで待たされたらお目当ての商品が無くても、他の物を注文してしまうだろうが俺はそうもいかないぜ。アルバイトの女性は半ば強引に違うものにしろと云わんばかりにセールスしてくるのだが、こんなやつは返り打ちにしてやるくらいは朝飯前だぜ。いや、今ならまさに昼飯前だ。今度俺に向かってそんなゲスな事を言ってきたら脅迫罪で訴えてやるからな。と、言おうと思ったが、ここは我慢をし、心で思う事にして、少々柔らかめに一瞥をくらわせてから一言、口をついて出てしまったのが、
    「弁護士用意しとけよ」
    って、わけがわからない。なんでそんな事を言ってしまったんだろうと考えてたら恥ずかしくなってしまった。無論、アルバイトの女性はなんだかわけのわからない表情をしていた。そして、「ありがとうございました。」って。なんてマニュアル通りの人なんだ。
     俺には時間がないんだった。つまらない事をしていた間にも大切な時間はどんどん過ぎていく。時計の針は12時27分20秒を指している。焦ったら負けと心で唱えつつ仕方が無いので“いつも”の普通のコーヒーショップで足早で向かう。毎日毎日あの店でピッツァを断られ、あの店はだいたいスコーンが無く、この店に来てしまう。できる事ならばこの店には一生行きたくない。何故かって?そりゃ、毎日好きなものを食べる事ができないもどかしさとストレスもあるが、なによりもこの店は常に殺伐としていて嫌なのだ。行くと必ず店員と客が言い争いをしているのだ。
     ランチタイムで他の店が慌ただしくしているというのに、この店だけは昼夜、平日休日関係ない。今日もいつものようにこの暇な店に入る前から罵声が聞こえてくる。扉の向こうの状況は間違いなく想像ができる。本来ならばスコーンまでで決めておきたかったが仕方がない。俺は恐る恐る扉を押し開け何も聞こえない振りをしてレジに一直線に向かった。しかし捨て身の作戦もここまで、レジには誰もいなかったのだ。周りを見ると店員らしき人物は、いつもの客と言い争いをしている店長だけ。よりによってあいつひとりとは。いっくら暇な店とはいえランチタイムぐらいは常に二人以上で準備しておけよ。全然やる気が感じられねえ、俺には時間がないんだ、早くしないとメシにありつけないまま地獄のような部屋に戻らないといけなくなってしますう、それだけは勘弁だ。
     この野郎は俺の「すいません」という言葉を無視しやがったな。俺のすいませんと言う言葉を無視するなんて300年早いんだよ。300年っていったらビートルズだってベッカムだっていなかったぞ。300年後だってお前は俺の「すいません」を無視できやしねーんだよ。ってなことをまた心の中で叫んでいると、それを察したのかヒゲ面の店長が目の前に立っていた。生意気に目一杯の無愛想を振りまきながら注文を聞いてくる。俺はその威圧感に押されて、普段決して飲む事のないエスプレッソなんて頼んでしまった。「シングル?」「ダブル?」と聞いてきたので、オウム返しのように一番最後の言葉を拝借して“ダブルで”なんて言ってのけてしまた。「どのクチがそれを言うんだ、このクチか?このクチか!このクチだろ?こいつめ!」と心の中で自問自答をしたついでにヒゲ面のジャックダニエルのTシャツを着ているこの男を罵倒してやった、もちろん心の中で。どうだ、ざまーみやがれ。こっちはカプチーノと言うところをつい間違えたんだよ。こんなハゲた親父に間違えを認めて作り直してもらうほどこっちは落ちぶれちゃいねーや。仕方がないから砂糖をトリプルも入れてやったぜ。しかも大盛りだ、ざまーみろ。明日砂糖の注文をしないといけなくなっだろ。悲しい事に俺の小さいカップの中は甘さと苦さが喧嘩をしていてお互いが認め合おうとしない。そんなわがまま放題なカップを遠ざけてクラブハウスサンドを口にした。やっとの思いで辿り着いた食事だ、まずい訳がない。椅子に座ってサンドイッチを頬張っているとまた二人の論争が始まってしまった。・・・ん?時間?やばい、俺には時間がなかったんだ。12時45分休憩の終わる時間だ。俺はできるだけクラブハウスサンドを口に押し込んで、あま苦いダブルとトリプルの液体で胃袋まで一気に流し込んで、何も言わずに店を飛び出した。歩いている暇はないし、早歩きで歩く余裕もない。腕を前から後ろへ、膝を力強く振り上げ、つま先でアスファルトを蹴りあげる。前方にたらたらと歩いている人がいようものなら往年のクライフを彷佛とさせるフェイントで抜き去ってやる。見事な抜きっぷりに我ながら感動しちゃう。抜かれたやつらはキョトンとしているが、心の中では悔しさと恥ずかしさで煮えくり返っているはずだ。何喰わぬ顔をしているのがお前特有の精一杯のやせ我慢だろ、悔しければ俺に追い付いてみるんだな。っと相変わらず心の中で妄想と云う想像力が支配をしている。
    なんて、優越感に浸っていたのも束の間、一気に走ったせいで息をつまらせて呼吸ができない。口にできるだけ押し込んだサンドイッチを吹き出してしまった。目の前を歩いていた金髪の女性の頭にレタスやローストビーフが飛び散ってしまった。女性は物凄い怒っているが、トップスピードに乗った俺は止まる事はできない。ましてや捕まえる事もできずに泣き寝入りだろうな。なんて考えているうちに、気分よく地獄の息苦しい部屋に戻ってきてしまった。ここに戻ってくるのになにを張り切っているんだ、とかなりブルーな気分に逆戻りだ。

             ★   ★   ★
     時計のふたつの針は12時を指すところで重なりあった。よくある甲高い目覚まし時計の音が部屋全体に鳴り響く。ルーシーにとっては耳に拡声器を押しあてられているような気分の悪い朝の目覚めだ。とりあえずその目覚まし時計を止めてから、ベッドの中で昨日の事を思い出してみる。

     昨日は私の25回目の誕生日だったはず。いや、正確には今日が誕生日。親友のアンディーとコートニ−がバースデーパーティーを開いてくれたんだった。パーティーには私の友だちが、えーっと・・・ジュリー、スティーブ、・・・ポールとリンダ、大体10人くらいと会った事もない、あっ、幼馴染みのボビーとマニもいたわ。で、一度も会った事のない人達が10人くらいだったかしら。私の誕生日なのに私の知らない人達が来て、私の知らない人達が私の事を祝ってくれて、私は知らない人達から祝われて、知らない人と知らない人が盛り上がってて、途中で知らない人・私・知らない人でスリーショットで写真を撮ったり、話をしたりして、私が知らない人が私の事を知ってる振りをして、私は私で知らない人の事を知ってる振りをしてみたり、知らない人が実は知ってる人だったり、知らない人は特に知りたくはないし・・・・・・も〜朝からわけがわからなくなってきた。朝だからわけがわからないのか、朝じゃなくてもわけがわからないのか、わたしがわけがわからないのか、わけが私をわからないのか、わかろうとしないのか、わかり合いたくはないのか、実はわかり過ぎていたのか・・・ダメだ。そんな事を考えていると陽が暮れてしまうわ。・・・朝って言ってももう12時か。じゃあ、わたしがおかしいのかしら。あ−気が狂ってる。
     
     そのまま体を起こして、低脂肪乳を冷蔵庫から取り出して一気に飲み干した。カーテン替わりのクロスの隙間から外の景色を見て、珍しく天気の良い事に気がつく。25歳になった初めての日を部屋にこもっていてはもったいない事だと思い、外に出る準備をする。ルーシーは支度に時間をかける方ではない。化粧はほとんどしなくても美人なのだ。自慢の長い髪をとかし服を着始める。今日は、いつもの愛用のジーンズではなく25周年アニヴァ−サリーとして、黒のスーツでビシっと決めた。ルーシーは仕事柄よくスーツを着ているのだが、スーツが嫌いである。しかし今日ばかりはそのスーツを選んだ。キッチンの横に立て掛けてある鏡でその形をチェックした。『よし』っと一言つぶやく。その一言には「私ってスーツが似合うのよ。何を着たって完璧に着こなしちゃう。私ってなんて素敵なのかしら。」が前提にある。もう一度、鏡の前で髪をとかしヘアースタイルをチェックしてから家を出た。
     外の空気は気持ちが良い。軽やかな足取りでロングヘア−を風にまかせ、太陽の日射しがルーシーを後押ししている、見上げた時の笑顔は空に浴びせているようだ。すれ違う男たちはルーシーの美貌に見惚れている。自慢の金髪がなびく度にほのかに香る香水が鼻先をくすぐる。どんな人でも、ジュリア・ロバーツだって、アンジェリーナ・ジョリーだって髪の毛の先までコントロールできるわけがないわ。でも、私は違うの。今日のルーシーはどんなハリウッド女優にでも勝てる気がしていた。自分の歩いている姿、風の演出、程よく背中を後押ししている陽射し、遠くのほうでかすかに聞こえてくる車のクラクション、前を歩いている子供を真ん中に挟んで手をつないでいる家族。そしてなによりも私に釘付けの男達。どこを切り取っても今日は最高のスタートで一日が始まっている。まさに気分はオスカー像を手にした主演女優ってところであろう。
     こんなに清々しいのだから、ちょっと遅い朝食をオープンテラスで食べる事に決めた。頭の中で店を探してみる。今日の私に合う食べ物は、大好物のチーズバーガーではなく、ましてや、外国人の人達はイギリスの全ての人間が毎日毎日美味しそうに食べていると勘違いをしているフィッシュ&チップスでもない。だいたいなんであんな油でギトギトした物を私が食べないといけないのよ。あんなものはイギリスの恥よ。お陰でイギリス人は『舌がおかしい』だの、『美味しい物を食べた事がない』だの好き勝手に言われているのだからたまったもんじゃないわ。少なくてもこの私は違うのよ。
     そんなわけで今日はシャレたレストランで美味しいパスタを食べたり、この際だからお昼から高級なフレンチのコースでもウェルカムよ。私には高級な物しか似合わないのよとでも言いたげだ。考えた挙げ句、一度行ってみたかった『シェ・フィガロ』に行こうと思いコーヒーショップのある角を右に曲った。『シェ・フィガロ』はまだ出来たばっかりのお店だが、美味しくて評判で、ディナーともなると何ヶ月も先まで予約がいっぱいらしい。雑誌にもよく載っているいまロンドンのセレブに一押しのフレンチレストランだ。ランチは予約制ではないし値段も比較的お手ごろなのでお勧めだ。 
     お店まではあと300メートルといったところか。25歳になった私の姿を多くのイケてる人達に見せられるまでもう少し。なんだか興奮してきたわ。鼻息が荒くなっていて、さっきよりも足早になってきているのが自分でもよくわかる。
     
     素敵なランチまで残り200メートルくらいのところでウキウキした気持ちが一変、いやな胸騒ぎに変わってきた。なにか後ろからものすごい殺気を感じている。いや、感じ取った時にはもうすでに遅し。後ろを振り向くと凄い形相に薄汚れた男が全力疾走で走ってきて、ルーシーの横を走り去って行った。ぶつかると思い息を飲んだが間一髪のところでよけ切った気がしたが、一瞬のことで何がなんだかわからない。心を落ち着かせようと思って、なんとなく自慢の髪の毛を触ってみるとそこには嫌な感触が。ハムやらレタスの残骸が飛び散っていたのだ。それに加えて甘苦そうなベタベタとした臭い。血液が頭のてっぺんまで上り、獲物を見つけたハイエナの様に一目散に薄汚れた男を猛スピードで追い駆けって行った。鬼の形相で憎き獲物を追い掛けているルーシーの頭の中には、もう25歳になったあの清々しく清楚なイメージも、セレブがいる『シェ・フィガロ』の事も、もうすでにない。

     そして10メートル前を走っていた獲物との距離は2、3メートルのところにまで迫ってきていた。
                                  
           (ロンドン!ベイシティーローラーズ/第1章・ガブリエルの休日)

    【2005.09.26 Monday 20:07】 author : uramichi | 縦書きのない温書会 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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